東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)12号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、引用例の記載内容の認定を誤り、かつ、本願発明と引用例記載の発明との構成及び作用効果上の差異を看過した結果、両者の一致点及び相違点の認定並びに両者の相違点に関する判断を誤るとともに、本願発明の格別顕著な作用効果を看過し、ひいて、本願発明をもつて引用例記載の発明及び従来周知の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、以下に説示するとおり、本件審決の認定判断は、正当であつて、原告の右主張は、理由がないものというべきである。
前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第五号証(本件公報)、第六号証(昭和五四年四月一二日付手続補正書)、第七号証(昭和五八年二月二三日付手続補正書)及び第八号証(同年五月一八日付手続補正書)を総合すると、(1)本願発明は、各種の植物生育剤又は土壌改良剤、植物種子及びセメントに水を混合して泥状化したものを法面に施すことにより緑化する方法に係るものであること、(2)従来、法面土壌の保全を目的として種子、肥料及び有機繊維養生剤を組み合わせ、水と混合攪拌したスラリー状植生基剤を法面に吹き付けて土壌保全を図る工法は広く実施されており、また、モルタル吹付け工法による保護も極めて一般的であるが、従来の工法では、施工後の降雨又は風による養生材や種子の流亡が少なくなく、植生層の形成が不完全であり、特に既成のコンクリート又はモルタル法面を緑化するようなことは全く不可能であつたこと、(3)先に、本願発明の発明者は、特にコンクリート又はモルタル法面を緑化することを目的として、植生材をセメント又はモルタルと水とを混和して泥状化し、法面を緑化する方法を提案したが、セメントは、強アルカリ性あるいはアクのために植物の生育に障害を与えるという問題があつたこと、(4)本願発明は、セメントを用いても、特定の酸性物質を添加して組成物のpH及び硬化の進行を調整することにより、植物の生育に好影響を与えることができるという知見に基づき、従来の工法の欠点の解消を目的ないし課題として、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用したものであること、(5)本願発明の過燐酸石灰及び緩効性窒素肥料(例えば、尿素・イソブチルアルデヒド縮合物肥料、すなわち、IB化成)は、元来肥料であり、特に、IB化成は、本願発明の植生材とともにしばしば使用され、そのpHは六・五であること、(6)本願発明は、前記構成を採用したことにより、所期の目的を達成して、コンクリート又はモルタル法面であつても施工が可能であり、また、施工後降雨等があつても養生材や種子を流出させることなく法面を緑化することができ、更に、植物の生育に障害を与えるセメントのアルカリ性を中和するとともに、植生層の硬化を遅延させて、種子の発芽及び生育に好結果をもたらすという作用効果を奏するものであることが認められる。他方、成立に争いのない甲第二号証(引用例)によれば、引用例は、本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された特許公報であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、これには、(1)引用例記載の発明は、塊状植生基体を山腹浮土地帯に空中より投下する緑化工法に係るものであること、(2)従来、山腹傾斜地の浮土地帯は風雨によつて崩壊が激しく、この地帯の土壌の崩壊防止が望まれていたが、浮土地帯は四季を通じて乾燥が激しく、土壌表層に気乾層ができ、土壌の毛細管現象を遮断するので、導入する植生は、生育初期に乾燥のために枯死し、植生による土壌保全を極度に困難にしていたところ、これに対して各種の緑化方法が知られているけれども、これら従来の工法は、土壌表面に種子及び植生基材が存在するか、又は土壌の中の比較的上層の一定位置に存在するような工法であつたので、山腹浮土地帯のような気象その他の条件が非常に変化しやすく過乾に陥りやすい場所では、植生種子及び植生基材の流亡並びに幼植物の枯死を引き起こしやすく、確実な土壌保全をすることができなかつたこと、(3)引用例記載の発明は、右の従来工法の欠点を解消し、浮土地帯における最も確実な工法を提供することを目的ないし課題として、「比重の異なる塊状植生基体を山腹浮土地帯に空中より投下し、該植生基体をその比重の差によつて浮土土壌に埋設させたり、浮土表面に存在せしめ、適正位置において植生を確実に導入することを特徴とする緑化工法」(特許請求の範囲の記載)の構成を採用し、これにより所期の目的を達成したものであること、(4)引用例記載の発明は、具体的には、植生種子(又は苗)、肥料、土壌保水材、有機質、土壌改良剤等に製鉄スラツグ等のような比重の大きい土壌改良材を加え、更に、ベントナイト、ポルトランドセメント、ソイルセメント、ポリアクリル酸ソーダ、ケイ酸ソーダ、ポリアクリルアマイド等の土壌硬化剤を適宜添加し、水を加えて混練し、該土壌硬化剤の作用により硬化せしめ、塊状の植生基体とし、各々の基材の添加量を適宜変化せしめることによつて、各種重量の植生基体を製造しておき、これをヘリコプター等により適宜の高度から山腹浮土地帯に投下又は発射すれば、植生基体は、浮土土壌中に突入して埋設されたり、浮土土壌表面に存在したりして、浮土土壌中に各種の断面分布を示すものであること、(5)引用例記載の発明の実施例として、種子、肥料(苦土入別燐化成)、土壌、ポリアクリル酸ソーダアロンA二〇(P)、バーク堆肥、ベントナイト、製鉄スラツグ及びセメントを少量の水を加えて攪拌し、立方体に成形して乾燥硬化せしめ、これをヘリコプターから投下する例が示されていることが認められる。
以上認定の事実に基づき、本願発明と引用例記載の発明とを対比考察するに、本願発明の泥状物の組成物の一つである過燐酸石灰、緩効性窒素肥料又はコロイド状珪酸はいずれも酸性物質として添加されるものであることは、前認定の事実から明らかであるところ、引用例記載の苦土入別燐化成のpHが六前後であることは当事者間に争いがなく、これが酸性物質であることは明らかであり、また、引用例記載のバーク堆肥は本願発明にいう植物生育剤又は土壌改良剤に相当するものと認められるから、本願発明と引用例記載の発明とは、植物生育剤又は土壌改良剤、セメント、酸性物質、植物種子及び水からなる泥状物を用いて緑化する方法である点においてその技術的思想を共通にするものであり、<1>酸性物質として、本願発明では、過燐酸石灰、緩効性窒素肥料、コロイド状珪酸の一種以上をセメントのアルカリを中和する目的で添加するのに対し、引用例記載の発明では、苦土入別燐化成を使用するものであるところ、引用例には、その使用目的がセメントのアルカリを中和するためであるか否かについて明示的な記載がない点及び<2>本願発明では、右泥状物をそのままの状態で法面に施すのに対し、引用例記載の発明では、右泥状物を立方体に成形し、乾燥硬化後山腹に投下埋設する点において一応相違するものと認められる。そこで、まず、右の相違点<1>について検討すると、セメントを配合した泥状物がアルカリ性を示すことは、技術常識であると認められるところ、他方、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(昭和四一年三月二〇日財団法人農政調査委員会発行の「体系農業百科事典」第Ⅰ巻第三五五頁ないし第三五六頁)によれば、酸性土壌を改良するには、土壌のpHを上げるとともに、欠乏している石灰や苦土のような塩基を供給しなければならず、そのためには、水酸化カルシウム、炭酸カルシウムあるいは炭酸マグネシウムを施す必要があること、珪酸肥料には含有する石灰塩のため酸性中和作用があること、堆厩肥は含有する養分のほかに酸性の中和、微生物活動のコントロールなどの間接的効果を持つている多目的資材であること、及び堆厩肥は含有する石灰とアルカリ性のため酸性中和作用を持つことが認められ、また、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三(昭和三七年八月一〇日株式会社朝倉書店発行の千葉春雄著「最新農業講座 肥料」第一八五頁ないし第一八六頁)によれば、苦土石灰質肥料に含まれる石灰及び苦土は、酸性の中和に役立ち、苦土は、植物の栄養分ともなることが認められ、更に、成立に争いのない乙第三号証(特公昭四九―四三七七六号特許公報)によれば、作物用培地の結合材として合成樹脂を使用すると、消石灰やセメントなどを使用した場合と異なり、pHの上昇はなく、作物根を傷めないこと、pHの上昇は、培地中の微量要素の無効化を招くおそれがあること、及び培地素材にそのpHの矯正と肥料添加のため、少量の消石灰を混入するのは差し支えないことが認められ、以上認定の事実を総合すると、土壌ないしは培地素材への施肥は、植物に対する栄養分の補給のためだけではなく、土壌ないしは培地素材のpHを中和するためでもあることが周知慣用のことと認められ(この認定を覆すに足りる証拠はない。)、右周知慣用の事実に、前掲甲第二号証に示された引用例の実施例において添加される苦土入別燐化成の量が多く、セメントの<省略>の重量比にも当たることをも併せ考えると、たとい、引用例に、苦土入別燐化成の使用目的がセメントのアルカリを中和するためであるか否かについての明示的な記載がなくとも、引用例記載の苦土入別燐化成は、単に肥料としてだけではなく、セメントのアルカリを中和する作用をもなし、そのために添加されたものでもあることは当業者であれば容易に理解し得るところというべく、したがつて、引用例にはこの点の技術的思想が開示されているものとみるを相当とし、しかも、本願発明の緩効性窒素肥料、例えば、IB化成のpHが六・五であることは前認定のとおりであつて、前示苦土入別燐化成のpH六前後と格別差異がないことに徴すれば、セメントのアルカリを中和することをも目的として、引用例記載の苦土入別燐化成に代えて、IB化成のような緩効性窒素肥料を用いることは、当業者において容易に想到し得ることというべきである。次に、前記相違点<2>について検討すると、成立に争いのない甲第三号証(第一周知例)によれば、第一周知例は、本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された特許公報であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、それには、植生種子を収容した種子塊を気泡モルタルに混和した植生基材を使用することによつて、法面土壌の流失と凍上及び豪雨による植生種子の流失を完全に防止することができ、また、セメント、骨材、混和材、気泡剤及び水などを混練攪拌して気泡モルタルを作り、直ちに種子塊を混和して植生基材とし、凝固しないうちに散布する技術が記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第四号証(第二周知例)によれば、第二周知例は、同じく本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された特許公報であつて(この点も、原告の明らかに争わないところである。)、それには、ピートモスを主体に配合した混合剤を法面緑化工法に使用すると、法面緑化吹付工法に従来使用されてきた材料に比べ、斜面において有効に作用するものであつて、例えば、右の混合剤を用いて平均斜度六〇度以上の法面に緑化吹付工法を行つたところ、法面に良好に固着し、雨水による流亡も受けず、植生が極めて良好であるとの技術事項が記載されていることが認められ、右認定の事実によると、法面の保護や緑化を目的として、法面に泥状物を散布したりあるいは吹き付けたりすることは、周知の技術手段であると認められるから、本願発明において、法面に泥状物を施して緑化することは、右周知の技術手段に基づき格別の発明力を要することなく、なし得たものと認めるべきである。更に、本願発明の作用効果について検討するに、コンクリート又はモルタル法面であつても施工が可能であり、また、施行後降雨等があつても養生材や種子を流出させることなく法面を緑化することができるという本願発明の前認定の作用効果は、セメントの有する結合剤としての機能並びに前認定の第一周知例及び第二周知例記載の技術事項から当業者が当然に予測することのできるものと認められ、次に、植物の生育に障害を与えるセメントのアルカリ性を中和するとともに、植生層の硬化を遅延させて、種子の発芽及び生育に好結果をもたらすという本願発明の作用効果にしても、前認定の引用例の記載内容及び周知慣用の技術事項から当業者が当然に予測し得るものと認められる。そうであれば、本願発明は、引用例、第一周知例及び第二周知例に記載の技術事項並びに周知慣用の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認めるのが相当である。原告は、引用例記載の塊状植生基体は、その比重を異ならせるため製鉄スラツグのような比重の大きい土地改良剤を加えることを必要とするところ、本件審決が、右のような土地改良材を含むことを認定せず、また、塊状に硬化させる直前の引用例記載の植生基体の泥状物が右製鉄スラツグのような比重の大きい土壌改良剤を含むものである点で、本願発明の泥状物と相違するにかかわらず、この点を看過した旨主張するが、引用例の記載内容は前認定のとおりであり、塊状植生基体に製鉄スラツグのような比重の大きい土壌改良剤を加えるものではあるが、右製鉄スラツグのような土壌改良剤の添加の有無は、前認定説示に照らし、引用例に前示の技術的思想が開示されているものとすることを何ら妨げるものではないから、本件審決が、引用例の記載内容として、製鉄スラツグのような土壌改良剤について特に認定しなくとも、引用例の記載内容の認定を誤つたものということはできず、また、後段の原告主張は、引用例の記載内容の右認定の誤りを前提とするものであるところ、その前提が認められない以上、既にこの点において失当というべきであり、したがつて、原告の右主張は、いずれも採用することができない。また、原告は、引用例には、土壌硬化剤としてセメントを単独添加する植生基材は記載されていないのに、本件審決は、土壌硬化剤の中からセメントだけを取り上げ、土壌硬化剤としてセメント単独を使用した植生基体をもつて引用例記載の植生基体とし、その泥状物と本願発明の泥状物とを対比したもので不当である旨主張するが、前認定の引用例の記載内容に照らすと、引用例には、土壌硬化剤としてセメントを単独添加するとの明示の記載はないものの、土壌硬化剤の一つとしてセメントが例示されており、土壌硬化剤を二種以上混ぜ合わせて使用することを必要とするものとは解されないから、本件審決が、引用例には土壌硬化剤としてセメントを単独で用いる技術事項の開示があるものと認定し、これに基づき、本願発明の泥状物と引用例記載の泥状物とを対比したことに何らの誤りはなく、原告の右主張も、採用の限りでない。更に、原告は、引用例には、苦土入別燐化成と組み合わせてセメントを単独使用することは記載されていない旨主張するが、引用例の発明の実施例に、苦土入別燐化成と組み合わせてセメントを使用することが記載されていること前認定のとおりであるから、原告の右主張も、採用するに由ない。また、原告は、引用例記載の実施例には、植生基体がポリアクリル酸ソーダなどを含むことが記載されているのであるから、本件審決においては、引用例記載の植生基体はポリアクリル酸ソーダなどを含むことを認定し、この点を本願発明の植生材との相違点とすべき旨主張するが、前認定の引用例の記載内容に徴すれば、引用例記載の植生基体は、土壌硬化剤として二種以上のもの、例えばセメントのほかにポリアクリル酸ソーダなどを必ず混ぜて使用することを要するものとは解し得ないから、引用例の記載内容として、原告主張の点を認定しなければならないものではないし、また、これを本願発明の植生材との相違点として認定する必要はなく、したがつて、原告の右主張もまた、採用し得ない。更にまた、原告は、本願発明の植生材は、酸性物質を使用しているが、それは、酸性物質であればどのようなものでもよいのではなく、特定の酸性物質、すなわち、「過燐酸石灰、緩効性窒素肥料、コロイド状珪酸の一種以上」であるところ、引用例には、酸性物質を使用する思想も本願発明で使用する右特定の酸性物質を使用することも記載されていない旨主張する。しかし、引用例が苦土入別燐化成を単に肥料としてだけではなく、セメントのアルカリを中和する酸性物質として添加する技術的思想を開示するものであることは、前説示のとおりであり、また、前認定の引用例の記載内容によると、引用例には、本願発明で使用する右特定の酸性物質を使用することについての記載はないが、引用例記載の苦土入別燐化成に代えて、IB化成のような緩効性窒素肥料を用いることが容易に想到し得ること前説示のとおりである以上、結局、原告の右主張は、採用するに由ない主張といわざるを得ない。なおまた、原告は、引用例記載の土壌硬化剤は植生基体を塊状に硬化させるためのものであるのに対し、本願発明のセメントは植生材全体を法面に定着させるためのものであり、両者はこの点において相違しているのに、本件審決はこれを相違点として取り上げることなく看過している旨主張するところ、前認定の引用例の記載内容によると、引用例記載の植生基体は土壌硬化剤の作用により硬化させるものであるが、引用例には硬化させる前の泥状物を用いて緑化する工法も、一つの独立した技術的思想として開示されているものと解されることは、前説示のとおりであるから、植生基体を硬化させるか否かを両者の相違点として認定する必要はなく、原告の右主張も、採用するに値しない。更に、原告は、本件審決が、本願発明の中和剤(酸性物質)も引用例記載のものの酸性物質も、その作用効果からみて格別の差異が認められないばかりか、施工物質のアルカリ性を中和する(和らげる)目的で添加することも、当業者であれば、容易に予測することができたものと認められるから、相違点<1>は、当業者が格別の発明力を要しないで想到し得たものと認められる旨判断した点を論難するが、本願発明の中和剤(酸性物質)も引用例記載のものの酸性物質も、その作用効果において格別の差異が認められないこと、及びセメントのアルカリを中和するという本願発明の作用効果が、引用例の記載内容及び周知慣用の技術事項から当業者が当然に予測し得るものと認められることは前説示のとおりであるから、原告の右主張も採用するに由ない。この点に関して、原告は、引用例には、苦土入別燐化成を肥料として添加することが記載されているだけであつて、それを酸性物質として添加することは記載されていないこと、引用例記載の土壌硬化剤は植物基体を塊状に硬化させるものとして説明されているだけであること、及び引用例の記載からは、引用例記載の植生基体において苦土入別燐化成がセメントのアルカリの中和を目的として添加されているなどということは読み取ることができないことなどるる主張するけれども、右主張の理由がないことは、前認定説示に照らし明らかというべきである。また、原告は、本願発明は、単にセメントのアルカリを中和するために酸性物質を添加したものではなく、土壌の硬化が遅延し、良好な植物の育成をもたらす特定の酸性物質を選んだものであるところ、引用例には、このような特定の酸性物質の選択についての教示はない旨主張するが、土壌の硬化を遅延させるという効果は、セメントのアルカリ性を中和させるという技術事項から予測し得ることであつて、格別の効果ということはできないから、右のような効果があるからといつて本願発明をもつて容易に発明をすることができたものであるとする前示判断が左右されるものでもなく、結局、原告の右主張も、採用することができない。原告は、甲第一〇号証(堀口悦代作成の発芽比較試験報告書(1))及び第一一号証(同人作成の発芽比較試験報告書(2))を挙示して、本願発明で使用する特定の酸性物質と引用例記載の酸性物質との間に格別の差異が認められないとした本件審決の判断は全く根拠がない旨主張するところ、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、同号証記載の発芽比較試験は、酸性物質として、スノーテツクス(日産化学製のコロイド状珪酸)及び過燐酸石灰を用いた場合と苦土入別燐化成を用いた場合とについて、右酸性物質以外は同一の植生材を用いて比較試験を行つたものであり、その試験結果によると、前者の場合が、後者の場合に比較して発芽時期が早く、また、発芽本数が多いことが認められ、更に、成立に争いのない甲第一一号証によれば、同号証記載の発芽比較試験は、酸性物質として、過燐酸石灰及びIB化成を用いた場合と苦土入別燐化成を用いた場合とについて、右酸性物質以外は同一の植生材を用いて比較試験を行つたものであり、その試験結果によると、前者の場合が、後者の場合に比較して発芽本数が多いことが認められ、なお、酸性物質として、過燐酸石灰及びIB化成を用いた場合と苦土入別燐化成を用いた場合とについて、後者にはセメント以外にポリアクリル酸ソーダを配合したものを用いた比較試験も行つており、その試験結果によると、前者の場合が、後者の場合に比較して発芽時期が早いことが認められ、右認定の事実によると、酸性物質として、スノーテツクス(日産化学製のコロイド状珪酸)及び過燐酸石灰又は過燐酸石灰及びIB化成を併用した場合が、苦土入別燐化成を単独で用いた場合に比較して発芽時期及び発芽本数の点において優れた効果を奏することが認められるが、本願発明は、右特定の酸性物質を併用したものに限られるものではなく、過燐酸石灰、緩効性窒素肥料、コロイド状珪酸の一種以上を用いるものであることは、前認定のとおりであるから、右試験結果をもつて直ちに本願発明の特有の効果であるとすることはできず、したがつて、原告の右主張もまた、採用することができない。なお、この点に関して、原告は、右の試験結果は、植物生育に適した酸性物質を選択することがいかに困難であるかを示していること、引用例には、植生基体を構成する成分間の反応については一切記載されていないこと、仮に引用例に土壌硬化剤としてセメントを単独使用することが記載されており、そのセメントと苦土入別燐化成とを組み合わせた植生基体が引用例に記載されているというのであれば、引用例には、ベントナイトやポリアクリル酸ソーダなどと苦土入別燐化成とを組み合わせた植生基体も記載されていることになるところ、その植生基体においては、セメントが存在しないから、苦土入別燐化成によるセメントの中和という問題はないことなどるる主張するが、右主張の理由がないことは、前説示したところから明らかである。更に、原告は、法面の保護や緑化の目的で、法面に泥状物を吹き付けたり散布することが従来周知であるから、本願発明の泥状物をそのまま法面上に施して緑化することは、当業者が何ら発明力を要しないでなし得たものとする本件審決の判断の誤りを主張するが、法面の保護や緑化を目的として、法面に泥状物を散布したり、あるいは吹き付けたりすることが周知の技術手段であつて、本願発明の泥状物をそのまま法面上に施して緑化することが、当業者にとつて、格別困難なことでないことは、前認定説示のとおりである。この点に関して、原告は、引用例記載の植生基体は、比重の異なる塊状の硬化物として空中より投下されるものであるから、法面の保護や緑化の目的で法面に泥状物を吹き付けたり散布したりすることが従来周知であつたとしても、空中より投下する目的のために調製される引用例記載の植生基体の硬化直前のものを法面に適用することなどは、容易に考えられることではない旨主張するが、引用例には、硬化する前の泥状物を用いて緑化する技術的思想が開示されているものと理解し得ることは、前説示のとおりであるから、この技術事項に右の従来周知の技術事項を適用して、引用例記載の硬化させる前の泥状物を法面に施して緑化することは、当業者が容易になし得ることであるというべきであり、したがつて、原告の右主張は、採用の限りでない。また、原告は、本願発明は顕著な効果を奏するものであるのに、本件審決はこれを看過している旨るる主張するところであるが、本願発明の作用効果は、前説示のとおり引用例の記載内容及び周知慣用の技術事項から当業者が当然に予測し得るものであるから、格別顕著な効果であるというを得ず、したがつて、原告の右主張もまた、採用するに由ないものといわざるを得ない。
(結語)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
植物生育剤又は土壌改良剤とセメントとの混合物に過燐酸石灰、緩効性窒素肥料、コロイド状珪酸の一種以上を添加しこれに水を加えセメントのアルカリを中和した泥状物となし、この泥状物及び植物種子を法面上に施こすことを特徴とする法面の緑化方法。